■はじめに

1、論理的背景

a. 文化の定義
b. 日本文化・アメリカ文化・日系文化
c. バイリンガル教育
d. JBBP West小学校

2、研究概要

a. 質問事項
b. 分析方法
c. ルーズベルト きょう子(仮名)教諭の経歴

3、研究結果

第一回聞き取り調査
a. 教育哲学、役割、目標
b. 二ヵ国語教育・バイリンガル教育
c. 幼児教育の視点から成功したアプローチ
d. 幼児教育の視点からの躾け
e. 日本とアメリカの違い

第一回聞き取り調査の結論と第二回聞き取り調査への助言

a. 第二回聞き取り調査 質問

第二回聞き取り調査
a. 公立学校におけるバイリンガル教育
b. 行動主義の理論を利用したクラス内での行動・態度のルール
c. 全米統一カリキュラム
d. クラス内での躾けの事例
e. 児童との関係
f. 保護者との関係と保護者への指導

4、総合分析と今後の研究課題

a. 二回の聞き取り調査を終えてのまとめ
b. この研究からの助言と将来の研究課題


 This study researched the educational philosophy of Ms. Kyoko Roosevelt, a Japanese bilingual elementary teacher who teaches at a public Japanese bilingual and bicultural elementary school, JBBP West.
 Since the United States is a multicultural and multi-racial society, bilingual education is popular and important for teaching children in maintaining their ethnic background. Many schools and teachers have tried to use and create their own bilingual education system. JBBP West is one of these schools. JBBP West exists to provide a diverse community based on an all-encompassing and inclusive worldview that is dedicated to lifelong learning. JBBP West students engage in a strong academic curriculum in English enriched through the authentic study and experience of Japanese language and culture.
 This study researched Ms. Roosevelt’s methods, experiences, support system, difficult situations, successful situations, and perceptions of her role at JBBP West.
The theoretical framework for this effort was Paulo Freire's work on critical dialogue. The participatory method was used for this study. Two interviews with Ms. Roosevelt, initial and follow-up, were conducted. The dialogues were taped with Ms. Roosevelt’s permission. After each interview, all dialogues were transcribed and used to find the answers of each research questions. The second research questions were based on the responses from the first dialogue.
 We learned from this study some difficulties and limitations of bilingual education and the difference between the U.S. and Japan. Because JBBP West is a public school in San Francisco Unified School District, the program had to follow District rules and it was difficult to maintain an original teaching system and philosophy. Ms. Roosevelt mentioned that the parents’ attitudes toward their child and school activities were different between Japanese and non-Japanese. These are from differing cultural aspects.
 We hope that the "voices" of Ms. Roosevelt in this study will help to create awareness of the difficulty of bilingual education. Beyond awareness, the voices may prompt educators, policy makers, and educational administrators to reconsider what is bilingual and bilingual education.



 それぞれの国には独自の文化があり、世界中には多数の文化が存在している。文化は人類にとって大切な要素である。子供は文化の中で育ち、社会にいかに溶け込むかを学びながら、成長していく。そして、社会における自己を形成していく。文化を知ることは、他の文化で育った人々を理解するために重要である。
アメリカという国は多文化の国であり、多民族の国だ。従って、子供の人種的背景を維持するためにバイリンガル教育は広く一般的に行われている。多数の学校で、色々な方法でバイリンガル教育が行われ、学校独自のカリキュラムを持つところも多数ある。
 この論文では、Participatory Method(パティシパトリー・メソッド)を使用し、日本人バイリンガル教師の教育方法、経験、サポートシステム、問題点、成功例、学校における教師の立場に焦点を当て、日本人教師が抱える問題点やバイリンガル教育の実態を調査した。

 研究の背景を明らかにするため、文化、日本文化、アメリカ文化、日系文化、バイリンガル教育とは何かを考察し、あわせて、この研究対象の教師が勤めるJBBP(Japanese Bilingual Bicultural Program)について説明する。

a. 文化の定義
 Jochim(1981)よると、文化とは考古学者によって考えられたコンセプトで、人間が使用する特徴ある適応システムということである。
Culture is a concept developed by anthropologists to describe the distinctive adaptive system used by human beings (Jochim, 1981).
文化は人が生まれてから成長の過程で、学んでいき、身に付けていくものである。
文化とは何かを考える時、最初に思い浮かぶのはイギリスの比較人類学者、比較宗教史家のエドワード・タイラーの著書、「原始的文化Primitive Culture」(1871)である。広く一般的に使用されている文化の定義である。
Culture and Civilization, taken in its wide ethnographic sense, is that complex whole which includes knowledge, belief, art, morals, law, custom, and any other capabilities and habits acquired by man as a member of society (Tylor, 1871).
徳丸は、タイラーの定義を、文化とは「社会の構成員として人間が獲得する知識、信仰、技能、法、道徳、しきたり、その他の能力や習性を含む複合体」と訳している。(得丸, 2002) 
得丸は、この定義からいえることは、文化は、
1) 獲得されるもの。後天的に獲得されるものである。先天的なものや本能の働きとは別である。
2) 社会(一定の広がりをもつ時空間)によって共有されるものである。個々人と社会との関係性が問われる。個人の好き勝手なふるまいは許されない。
3) あくまで個々の人間が獲得するのである。そして、伝達する責任も負うのだ。獲得して初めて文化は文化たりうる。獲得と伝達のメカニズムなしには文化は断絶する。そのメカニズムを明らかにしなければならない。
4) 意識活動である。文化は、知識、信仰、技能、法、道徳、しきたり、その他の能力や習性といった広範囲なものと関わるが、それらはすべて人間の意識活動とそれに付随する具体的行動に関わる。意識的であろうが無意識的であろうが、獲得されて意識に組み込まれて、必要に応じて機能するものが文化である。
さらにいえば、
5) 文化は、特定の社会と結びつくが、必ずしもそれが国家や民族とは限らない。
6) 複数の社会にまたがる人間が、複数の文化を獲得することも可能である。実際に海外生活者や帰国子女は現地の文化を身につけている。
7) 文化は人間の行動を規定するプログラム、人間が社会生活を送るための智恵といえるが、それ自体に排他的要素はない。異文化との遭遇は、文化の定義には予定されていない。これは文化の
8) この複合体とは、個々の人間の意識だと考えられないか。
9) この定義では、人間が獲得するものが文化であり、文化財、文化遺産、文物を文化だとは認めていない。(得丸, 2002)
まとめると、文化とは後天的に人が獲得していくものであり、変化していくものである。一貫性もあれば、相矛盾する要素も含み、社会(一定の広がりを持つ時空間)によって共有される。特定の社会と結び付くが、必ずしもそれが国家や民族とは限らず、言語と同様で外国人にも学習され、理解され得るものである、ということだ。
 人間はすべて文化の中で生活している。文化表現は一つ以上の要素で表すことが多い。例えば、「中流」「アメリカ人」「日系」などである。これらの要素は、行動や文化的に一般的になっているものと無意識のうちに結び付いている。(田中, 2005)

b. 日本文化・アメリカ文化・日系文化
 この文化の定義を基に、日本文化、アメリカ文化、日系文化を考察する。
1) 日本文化
 日本文化の特徴とは何だろうか。日本は四方を海に囲まれた島国で、単一民族の国である。外国に侵略される恐れもあまりなかった。外国恐怖症がないため、外国のものをうまく取り入れるという特徴が生まれてきた。例えば、古くは、漢字を表記文字として使っていたが、漢字からカタカナ、ひらがなを生み出した。戦後では「猿まね」が上手といわれるように、どんどん新しい文明を取り入れ、改良していった。自動車や電気製品などの発明は他国で、「改良は日本」と言わせてしまうのも、まさに日本文化の象徴ではないだろうか。
 大陸から遠かったことや、他国と陸続きでなかったことも幸いした。ヨーロッパの国々は個性が強く保守的だ。そうでなければ、自国民が他国と融合し、なくなってしまうからである。ところが日本は中国からは遠くて政変の影響も受けず、侵略もされないが、文明や文化の影響を受けることのできる位置にあった。日本は、そういう立場を上手く使って、中国の文明をいい形で自国流に変えていったのである。例えば、着物はもともとは中国の衣装が原型だが、日本の風土に合わせて改良していった。この傾向は今でもあまり変わっていない。仏教文化の国でありながら、仏陀(ぶっだ)や釈迦の誕生日は祝わないのに、クリスマスはイベントとなっていることもこの特徴の表れであろう。決して、キリスト教徒として祝っているのではなく、祝日の一つとして祝っている。また、バレンタインデーからホワイトデーが生まれたことも同例のようである。
 情緒的な人間関係も日本文化の特徴だ。長年、同一民族が同一の地に定住し、言語、文化、習慣、価値観などを共有することができた。そのため、外国と比べると民族問題や宗教問題もないと同じで、価値観の著しい対立もなかった。江戸時代には幕府の政策により国民全員が仏教徒になった。その政策により、共通の価値観、仏教および儒教思想を持つようになった。これらのことから、まとまりのよい情緒的人間関係が日本文化の特徴の一つとなった。
 この情緒的人間関係の言語的特長の一つが、日本語は行間の言葉といわれているゆえんである。本音と建前もそうだが、相手の心を読み取ることが必要とされている。例えば、京都の人に「お茶漬けでもどうですか」と言われ、「ありがとうございます」と食べると、「あの人はずうずうしい」と言われてしまう。これも共通の価値観、つまり遠慮する文化を持っているから成り立つことだ。
 日本では法律より習慣が大切な時がある。罪を犯したことより、その後の世間の目による制裁の方が怖いことが多い。昔は法律ではなく「村八分」のように、村全体で習慣や慣例に背いた人を罰していた。互いが互いを監視し合って犯罪の少ない社会をつくっていた。それは現在にも共通しており、住宅街で不審者がいるとすぐに分かってしまう。
 いい面もたくさんある。出掛ける時は隣近所に声を掛けておけば、きちんと留守を見ていてくれるし、雨が降りだすと洗濯物を取り入れてくれるという話を聞いたことがある。また、冠婚葬祭などは町中で協力してくれるという地方もあると聞く。互いに助け合う「困ったときはお互いさま」「袖すり合うも他生の縁」は日本文化の特徴だ。
 しかし国際社会では、説明下手、口下手、外交下手ということからマイナス要因を生んでしまうことにもなった。周知の通り、国際社会では日本的な「言わなくても分かるだろう」は通用しない。相手の心を読み取ることはないに等しい。
 日本では何かを勧めて断られた時、もう一度勧める。それは一度目は遠慮して断っていることがあるからだ。ところが、アメリカでは一度「No」と言ったら、二度目は勧めない。アメリカでは「Yes」は「Yes」、「No」は「No」だ。アメリカに来た頃のとある人の話である。アメリカ人の家で「何か飲みますか」と言われ、「いいえ、結構です」と答えたそうだ。その人は当然、もう一度勧めてくれると思っていたのだがその後、聞かれることはなかった。その人は実はとてものどが渇いていたそうだ。その人はこの時、アメリカでは遠慮してはいけないのだと実感したそうである。 (田中, 2005)
 2)アメリカ文化
アメリカに文化はあるのかと思う人がいるかもしれないが、アメリカにも独自の文化や習慣は存在する。アメリカにしかない、アメリカ人しか持っていない、アメリカ人同士でないと分かり合えないものは確かにある。けれども、中国や日本のように長い歴史のある伝統や、長い間人々に大切に守られて培われてきた文化とは違う。
 アメリカ文化は大衆文化だ。大量生産された色々な物が、交通、流通、通信網を使い、大量に消費されていく。画一性で、伝統に基づく高級感はない。同時に、民主的で庶民的とも言える。
アメリカ文化はヨーロッパなどと比べて古典的な洗練・権威が少なく、複数の要素が交じり合い常に変化してきた。いわゆる「多文化主義」だ。よって、異文化を受け入れやすい。これが、アメリカ文化の特徴である。
そして現在、アメリカ文化は世界的な影響力を持っている。アメリカ製の映画は世界中で上映され、世界の人々に大きな刺激を与えている。日本でも邦画より洋画の方が観客動員数が高いそうだ。また日本の新製品の広告に「アメリカで人気沸騰中」「アメリカより直輸入」などの宣伝文句をよく目にする。実際にはそれらの商品をアメリカで見ないことも多くあるが、日本ではこの宣伝文句をつけると売れるといわれている。これもいかにアメリカ文化が日本に影響を与えているかを表している。
 カリフォルニア州・サンフランシスコ・ベイエリアは多民族社会だ。まさにアメリカの多文化主義を実現している場所と言える。一年を通して色々な国の祝い事や祭りがいたる所で行われている。中国の旧正月、ユダヤ教の過ぎ越しの祭りなど、サンフランシスコにいるだけで世界の文化や習慣を体験することができる。もちろん、日本の文化も桜祭りや年末の餅つきなど一年を通して見ることができる。
 言語の面では多文化という関係上、物事をはっきり言うという特徴が生まれた。日本語のように単一民族が同じ言語を話すのとは違い、多種多様の民族が英語を話す。そこで主語、述語、目的語を明確にする必要が生まれてきた。また、日本語と比べるとあいまいな表現、本音と建前も極端に少ない。これがアメリカ文化に基づいた英語の一番の特徴だ。
 そして、アメリカでは法律やルールを守ることが大切である。多民族の国だから、日本のように慣習によって秩序を守ることは不可能だ。これが、日本文化とアメリカ文化の大きな違いである。(田中, 2005)
3)日系文化
文化は変化する。Fagan(1983)は、文化は徐々に累積的に時間とともに変化していくと言っている。
Cultural changes take place through time, most beings gradual and cumulative (Fagan, 1983)
日本でも世代が違えば、価値観も異なり、文化も違ってくる。伝統的なものが時代に合わせて変化していくことは、どの国でも起こっている。日本でも核家族化が進み、生活様式も欧米化してきた。畳の部屋がない家も増えている。そういった生活環境の中では、伝統的な要素を維持していくことは難しくなってきているのかもしれない。畳の上に正座ができなかったり、ふすまの開け閉めのマナーができていない人が多くなっている。
 また、日本的な人間関係も希薄になってきている。地域で助け合う精神がだんだんなくなってきているようだ。東京などの都会では、隣の部屋に誰が住んでいるのか知らない人も多い。玄関に鍵などを掛けなくても安全で、外出の時は隣近所に声を掛けておけば留守を見ていてくれた数十年前の日本と比べると大きな違いである。
 伝統的な行事に対しても重要性を見い出さなくなっている。結婚式で仲人がいなかったり、入籍だけで済ませてしまったりというのもこの例だ。最近では「ポップ・カルチャー」という言葉を使って、日本の若者文化を表現している。ポップカルチャーはアメリカでも大変な人気だ。そして、今では日本の高校生が日本の文化を握っているといわれている。会社のマーケティングも高校生を主なターゲットにしているようだ。
日系文化は、日本文化を基に変化したものと言える。アメリカ文化の影響を受け日本的であるが、アメリカ的になってきている。例えば、カリフォルニア・ロールをはじめとする寿司がそうだ。巻き寿司という海苔と酢飯を使う原則は守っているが、日本では使わない寿司ネタを使っている。クリームチーズとサーモンの巻寿司がある。これはアメリカ人には人気の寿司である。ハワイのロコモコもそうだ。ご飯の上におかずを載せるどんぶり物の原則はそのままだが、載せるおかずがアメリカ的だ。ご飯の上にハンバーグと卵焼き、それにグレービーソースが掛かっているロコモコはかなりポピュラーである。
日系文化のもう一つの特徴は、古き日本が残っていることだ。アメリカだけではなく、世界中のどの日系社会でもそうなのだが、日本ではもうなくなってしまった日本が残っていたりする。サンフランシスコに来て、いまだに手作り豆腐を作っている豆腐屋に行った時は驚いた。木の枠を使って、手作りで豆腐を作っている店は日本では少なくなっている。私の子供の頃はどの町にも豆腐屋があったものだ。
餅つきもそうだ。日本では正月イベントで、杵と臼で餅をつくことはあっても、餅は今ではパックに入っているものを買ってくるだけというのが一般的だ。しかしサンフランシスコでは、餅つきの会(鏡会)があり、年末には餅つきの集まりが色々なところで行われる。日本でも昔は一族が集まって餅をついたものだ。そんな日本の良さが日系社会には残っている。(田中, 2005)1
 
c. バイリンガル教育
 バイリンガル教育はアメリカに居住する移民にとっては子供に対する大変重要な教育方法の一つであり、目的の一つである。しかし、バイリンガルそのものの定義も学者によってまた、バイリンガル教育を実践している学校によってまちまちである。
 Skutnabb-Kangas (1981)はバイリンガルという定義を以下のようにいくつかの要素を基にまとめようとした。
A Bilingual speaker is someone who is able to function in two (or more) languages, either in monolingual or bilingual communities, in accordance with socio-cultural demands of an individual’s communicative and cognitive competence by these communities or by the individual herself, at the same level as native speakers, and who is able positively to identify with both (or all) language groups (and cultures), or parts of them.
  本論文では、Skutnabb-Kangas を元に、バイリンガルとは、単一言語またはバイリンガルのコミュニティーにおいて二ヶ国語以上を話すことが出来る人であり、社会・文化が要求するレベルのコミュニケーション能力がネイティブと同レベルであり、両方(全て)の社会から認められることであると定義する。これは大変難しい。単に、二ヶ国語が話せるだけでは、バイリンガルとは言わない。両方の文化を理解していなければならない。言葉の背景には文化があるから、当たり前のことであるが、これがバイリンガル教育を実践する上で一番難しい問題である。 JBBP West小学校もそういった問題に向き合いながら、バイリンガル教育を実践している学校の一つである。

d. JBBP West小学校
 今回研究に協力してくれたルーズベルトきょう子(仮名)教諭は日英バイリンガルの公立の小学校、JBBP Westで教鞭をとっている。JBBPは、30年前にカリフォルニア州サンフランシスコ公立学校区に日系人を中心に創立された大変ユニークな学校(プログラム)だ。設立から、校舎を数回移転しており、現在は、JBBP West小学校となっている。この論文では便宜上、移転先ごとの学校名は記載せず、JBBP Westで統一している。
JBBPのプログラムの説明は、同学校の案内パンフレット(日本文)より原文のまま引用する。

<JBBPのはじまり>
 1973年教育委員会は、次世代の為に日本語とその文化の継承と発展を願う日系アメリカ人のコミュニティーの要請を受けて、日本語バイリンガル、バイカルチャラルプログラムを設立しました。以来、本校は、コアカリキュラムと日本語プログラムの両面において、その教育内容を高く評価されています。
<教育目標と理念>
本校では、日本語と日本文化を独自の方法で教育過程に取り入れています。
<教育使命>
本校では、英語による確立されたカリキュラムの他、日本語とその文化を学び、広い視野を持って、ひいては生涯教育の基礎となり得る多様な教育基盤を形成することをその使命と考えています。
<教育方針>
* 英語でのコアカリキュラムの指導を中心としながら、一日一時間の日本語による授業が行われます。
* 多様な文化背景を踏まえつつ、日本の文化や地域コミュニティー、日系アメリカ人の歴史に対する理解を深めます。
* 次世代への掛け橋となるべく、日本語と日本文化の継承と発展に努めます。
* すべての児童が、自分に真に誇りを持ち、他者を敬うことが出来るような土壌を作ります。
* 日本語を母国語とする指導員「先生」により日本語と文化行事に触れる事が出来ます。
* 保護者をはじめ、多くの皆様のご協力が不可欠です。
<コアカリキュラム>
1973年の創立以来、本校は幼稚園から五年生までの児童育成において、その独自の教育課程が成果をあげていると評価されています。
<確立された教育法>
経験豊かな教員と先生、サンフランシスコ教育委員会の多言語プログラムスタッフなどとの連携により、児童一人一人に生きた教育環境を提供します。
<英語によるコアカリキュラムの指導>
必須科目(算数、社会、国語、多文化学習など)は、カリフォルニア州とサンフランシスコ教育委員会により義務付けられたものに準じています。
その他、体育、アート、音楽、ガーデニング、コンピューターなどもカリキュラムに取り入れています。
<日本語カリキュラム>
日本語の授業は、文化とコミュニティーを通じて言語を学ぶべく行われ、日本や他の国の文化行事に触れたり、遠足、伝統的な工作などをしたりします。本校は独自のプログラムにより日本語を取り入れていますが、日本語のみによるプログラムではありません。また日本語に関する予備知識は必要ありません。
<毎日の授業>
日本語の授業は先生によって行われます。児童は、基本的な表現や正しい発音、読み書きを学ぶと共に、日本文化にも触れることが出来ます。
<独自の教育システム>
米教育省の助成金の助成を受けて設立された、本校の日本語カリキュラム向上プロジェクト(JLIP)が開発した独自の日本語ソフトウェアは、日本語授業の一助となっています。この取り組みは、2003年の二ヶ国語学会(NABE)でも大きく取り上げられました。
<文化的活動、行事>
ラジオ体操、運動会、お月見、文化の日、お正月、敬老の日、ひな祭り、子供の日、
桜祭り
<コミュニティーとのつながり>
本校では、プログラムの一環として、高齢者やプレスクールの子供達など、地域のコミュニティーとの関わりを積極的に行っています。
<PTCC>
Parent-Teacher Community Council
本校にとり、保護者の皆様の熱心な協力なしにはその成功はありえません。保護者の皆様には、それぞれのご都合に合わせて、学校で行われる各イベント、募金活動や、音楽、アートなどのクラスルームでのボランティアなどご協力を頂いております。
JBBPは、教員、先生、保護者の皆様、地域コミュニティー、サンフランシスコ教育委員会による連携のもと、日本語と日本文化の指導を取り入れた、きわめて独創的な教育を提供しています。
 以上 学校紹介のパンフレットより転載。

 この研究は、アメリカの学校で教鞭をとる日本人教師の教育理念をParticipatory Method(パティシパトリー・メソッド)を用い、調査した。
以下の質問事項を元にインタビューを行った。これらの質問は、インタビューに協力してくれたルーズベルトきょう子教諭との会話の中で、適宜修正・補足した。
a. 質問事項
1. 児童に対する教育方針と目標は何ですか。
2. 先生の教育の役割は何ですか。
3. この学校の日英バイリンガル教育をどう思いますか。
4. 先生の教育理論とよく使用する理論は何ですか。
5. 日本人の両親と日本人以外の両親の違いは何ですか。
6. 日本とアメリカの違いからくる問題で、どんなことを経験しましたか。
7. 日本の文化をどのように紹介していますか。また、違う文化を紹介することに   
 はどんな利点がありますか。
8. 他に何か話したい点がありますか。

 インタビュー後、録音テープから会話の内容を全て書き起こした。会話の内容から、それぞれの質問に対する答えを探し出し、分析した。
 ルーズベルト教諭の本音を聞き出すことを主眼とし、インタビューというよりは、自由に話してもらう形式にした。会話は教諭の許可を得、録音した。
 第一回聞き取り調査終了後、その分析結果に基づき、第二回聞き取り調査を行った。その際の質問事項は3.研究結果で述べる事とする。

b. 分析方法
 分析方法はPaulo Freire(パウロ・フレール)によって1970年に開発されたParticipatory Method(パティシパトリー・メソッド)を使用した。この方法は、非面接人(ここではルーズベルト教諭)に積極的に調査に参加してもらう形式をとる。研究者のパートナー的な存在となり、インタビューを通して自分の考えを述べることが要求される。研究者は司会者的な存在であり、参加者の考え方を引き出す役割を担う。 
This type of research involves the research participants as active partners throughout the research process. The participants are not viewed as objects to be observed and analyzed by the researcher. Instead, the participants are expected to reflect on their personal thoughts as they dialogue with the researcher. This process is referred to as "dialogic retrospection" (Kieffer, 1981).

c. ルーズベルト きょう子(仮名)教諭の経歴
 現在JBBP West小学校のバイリンガル教師。
日本の鳥取県で生まれ育ち、大学卒業後、語学学校の英語教師として日本人の成人に英語を教える。また、アメリカ軍基地内の中学校と高校で、日本語と日本文化を教える。
24歳の時にアメリカ人と結婚し、アメリカに移住。1980年から85年まで夫の仕事の関係で、ドイツに居住。1980年から三年間、障害児学級の高校教諭の助手として勤務。その後、幼稚園から十二年生までの代休教師として勤務。
 アメリカに帰国後、小学校教職免許の勉強を始め、1989年にカリフォルニア州の免許を取得後、最初の年に中学校に勤務。その際、同中学校校長が日本語のプログラムを作ろうとしたがうまくいかず、日本語バイリンガルプログラムのある学校に転職し、幼稚園児と一年生を教える。二年後に同校の日本語プログラムが閉鎖したため、JBBPに転職する。しばらく他の学校で教鞭をとるが、現在はJBBPに戻り、一年生を担当している。

第一回聞き取り調査
 最初の聞き取り調査は、ルーズベルト教諭の教室で行った。インタビュー内容は、後日書き起こし、分析をする時に使用した。第一回目の調査は一時間半ほど要した。

a. 教育哲学、役割、目標
 幼児期の教育で一番大切なことは児童自身を教育するということだ。言い換えれば、人間として教育するということである。よって、児童自身の満足感・幸福がとても大切だ。
幼稚園は、児童が初めて集団生活を始める場所である。幼稚園での教育の最初の目的は、団体生活に慣れさせ、アメリカ社会の仕組みを学ばせることにある。教育は、将来、児童が社会の中で生きていけるように手助けするところにある。同じ事が世界中で行われている。そういう観点から、ルーズベルト教諭の役割は、社会の中で、児童が成功する手助けをすることにある。
ルーズベルト教諭自身も二人の子供をアメリカで育てた。たとえ、家庭での教育と学校教育は違っても、成長段階における初期幼児教育に違いはないと彼女は信じている。同教諭はよく、家庭でも学校でも、行動主義(Behaviorism)理論を使用している。行動主義とは人間が環境(文化や社会文化)の中で生活しながら、行動を学んでいくという理論である。行動とは「刺激」に対する「反応」である。(Watson 1930)児童は、毎日の生活から、一つずつ自分の行動・態度を学んでいく。児童が肯定的な行動をした時は褒め、時にはご褒美を与える。しかし、否定的な行動をした時は、きちんと叱り、必要に応じて罰を与える。このプロセスを通して、児童は否定的な行動に対しては、行動の是否の基準や判断を認識し、学んでいく。

b. 二ヵ国語教育・バイリンガル教育
 JBBP Westは公立の小学校であるので、この学校のバイリンガル教育も公立学校の規定の中で行われている。よって、バイリンガル制を使用した学校といっても、児童にアメリカ文化と社会のシステムを理解させることが第一目標である。担任の教諭は、移民して来た児童に英語を教え、同時にアメリカの文化と習慣を紹介していく。これが、学校で一番大切なことである。また、英語を主流とし、すべての担任は英語を使って授業を行う。日本語は、日本語担当の「先生」が教えている。日本語の授業は毎日大体一時間ずつある。
日本人以外の児童は、日本文化を学ぶことができる。年間行事を通じて自然に児童が日本文化に触れ合えるように心がけている。毎月日本の行事を紹介し、児童はそれを通じて日本について学び、文化を体験することができる。
 日常生活で日本語を使用しない児童の日本語能力を向上させることは大変難しい。そういう児童は家庭で日本語を使うことはほとんどないからだ。毎週、ひらがなを一字ずつ紹介し、日本の文字に親しむように心がけている。
バイリンガル教育の学校のため、約半数の児童が日本人か日系人である。日本語を学んだことがない児童でも、日本文化を楽しく学んでいる。ルーズベルト教諭自身も、他の日本人児童と同様、日本語話者でない児童にとって「日本人とは?」のいいモデルになっている。児童は児童同士お互いに学びあっている。時々日本語のクラスで教えていない単語を知っている児童がいることがある。児童に尋ねると「日本人児童から教えてもらった」と嬉しそうに答えた。
 ルーズベルト教諭は、自国以外の文化を学ぶことは児童にとって大変意義のあることだと信じている。児童は他の民族との違いを認識することができ、違った視見を学ぶことができる。この理由から、ルーズベルト教諭は日本文化だけではなく、黒人の文化、インドの文化、メキシコの文化などできる限り紹介するようにしている。
また、日本語も言語としてではなく、日常生活を通して学べるようにカリキュラムを考えている。グループの名前は日本語を使用し、挨拶も日本語で毎日行っている。少人数のグループ指導の時には、なるべく日本語を使うようにしている。日常生活で使う日本語は限られており、それにより、児童は比較的容易に早く習得いく。

c. 幼児教育の視点から成功したアプローチ
 教科書通りに教えても面白みがないので、いつも独自の方法を考案し、実践している。これらの方法は教諭の個性が反映されており、独自のアイデアと経験から生み出されたものである。そしていつも児童に受け入れやすいものをと考えている。
 グループ単位の活動は同教諭のクラスの中でも成功した例の一つだ。クラスの児童全員がクラスの黒板の前に集まる「サークルタイム」で、今日グループで何を勉強するかを説明する。グループは大体五、六人の少人数で、色々なアクティビティをする。算数と理科はいつもグループ活動の時に教えている。
グループ活動の一番の利点は、少人数なので、児童のレベルにあった指導ができるということだ。一人一人の指導に力を入れることが可能で、また児童の方も先生を身近に感じることができ、教諭と児童の肯定的な望ましい関係を築くのにも役立っている。
 欠点としては、一つのプロジェクトを終えるのに時間を要するということだ。すべてのグループの指導を終えるのに大抵一週間は要する。その為、ルーズベルト教諭は常に、内容の濃い、効果的なアクティビティを選ぶようにしている。例えば、このインタビューの一週間前に、児童は水について学習した。これは児童が大変好きで、興味を示すアクティビティの一つである。

d. 幼児教育の視点からの躾け
 躾けは幼稚園での教育で一番重要でまた難しい。学年のはじめ、教諭と児童はお互いをよく知らない。その後、お互いのことを理解し、親近感を深めていく。教諭と児童の間でいい関係が構築されていく。
毎年、家庭に問題のある児童が三、四人いる。これらの児童の生活態度や行動は明らかに他の児童と違う。ルーズベルト教諭はこれらの児童を観察し、児童がどう感じているかを考え、問題は何かを探し出す。その後、どのように扱うか、また躾けていくかを決めていく。

e. 日本とアメリカの違い
 日本人の児童は教諭の言うことをよく聞き、指示に従う。よって、日本人の児童を指導することは比較的簡単だ。反対に、アメリカ人の児童は強い個性を持っている。アクティビティがつまらなかったら、教諭の指示には従わない。
日本人の両親、とりわけ、母親は子供の面倒をよく見て、家でも勉強を手伝っている。したがって、毎日きちんと宿題をしてくる。しかし、アメリカ人の児童の場合、そうはいかない。
日本では、文部科学省が教育課程をきちんと定めているため、すべての児童は国定の「指導要領」下で同じカリキュラムの指導を受けている。その為、日本人児童の基礎学力はとても高い。アメリカでは、それぞれの学校区が独立した管理力を持っており、各教諭も自分独自のカリキュラムを作成することが可能である。これにより、基礎学力が十分でないまま、小学校を卒業する児童も出てきている。これは大変重大な問題であり、児童のためにもならない。ルーズベルト教諭は、これは児童の将来に悪影響を与えると力を込めて主張した。

第一回聞き取り調査の結論と第二回聞き取り調査への助言
 ルーズベルト教諭とのインタビューから、教諭のバイリンガル教育に関する基本姿勢を調査する事ができた。教育経験から独自の方針を確立し、新しい文化や習慣を取り入れる事にも積極的だ。また、自身の日本人としてのバックグランドも大切にしていることが分かった。同教諭は日本の茶道も習っており、日本文化をもっと詳しく知りたいと意欲的である。
第一回聞き取り調査の分析を行い、その結果、以下の七つの質問を第二回聞き取り調査で行うことにした。
a. 第二回聞き取り調査 質問
1. 公立学校におけるバイリンガル教育とは何ですか。
2. 行動主義の理論についてもう少し詳しく説明してください。また、例をあげて 
具体的に説明してください。
3. 統一カリキュラムがないことによる問題点は何ですか。
4. 他の文化を教えることの利点は何ですか。
5. 躾けのもっとも大切なことは何ですか。
6. 児童とどのように関係を築いていますか。
7. 保護者とはどのように関係を築いていますか。また、保護者にどうやって子供  
   の教育に関心を持ってもらうようにしていますか。
 これらの質問を通じて、ルーズベルト教諭のバイリンガル教育と幼児教育に関する考え方をもっと詳しく調べたいと考えた。

第二回聞き取り調査
 第二回聞き取り調査もルーズベルト先生の教室で行った。二回目ということもあり、一回目より、もっとスムーズに会話に入ることが出来た。第二回目のインタビューは約一時間程だった。

a. 公立学校におけるバイリンガル教育
 ルーズベルト教諭によると、JBBPは小学校なので、集団としての教育が一番大切だということだ。色々な場面において、それぞれ、発達段階が違う。小学校教育の一番の目的は、環境と社会に適応できるように教育し、手助けしていくことだ。
 教師は、生徒の人種的バックグランドだけでなく教育的背景も把握する必要がある。それは、児童とコミュニケーションをとる時とても大切なカギとなる。新しい文化を教える時(ここでは日本文化)、同時に児童自身の文化行事を行なうことが大切だ。日本人児童にとっては、これは新しい文化でもある。このことは、自己確立をしていく段階でとても重要だ。
 ルーズベルト教諭は、小学校の段階では、言語を教えることはそれほど重要ではないが、文化を教えることはとても意義があると言っている。文化は、長い歴史の中から、人々が生み出したものだ。児童は自分自身の人種的背景に誇りを持つべきである。文化を学ぶことにより、習慣や価値観を学ぶことが出来る。
 他の文化を教えることは、自己の確立と自身を理解するためにとても大切だと強調した。同教諭は、すべての児童に自身に誇りを持って欲しいと切望している。

b. 行動主義の理論を利用したクラス内での行動・態度のルール
 ルーズベルト教諭のクラスでは、毎年学年のはじめに、児童と一緒にクラスのルールを決める。児童は、ルールを守ったら、ご褒美が与えられ、守らなかったら、罰が与えられる。毎週金曜日に、一週間ルールを守った児童は「スーパーキッドバッチ」がもらえる。児童たちはかなり真剣で、両親にも自慢して、このバッチを見せている。この方法は、かなり効果的で、児童にも自分たちの態度や行動について考えるいい機会になっている。
 同時にルーズベルト教諭は、グループ単位での行動にもポイント制を導入している。よくできたグループや教諭の言いつけを守ったグループにポイントを与え、毎週金曜日に一番点数のよかったグループがご褒美をもらう。
 同教諭は、クラス内での行動を覚えさせるのに工夫をしている。ルールのすべてを一度に学習することは容易ではないため、一つずつ児童が修得いけるようにしている。例えば、「質問がある時は手を上げる」というルールをまず、集中的に指導する。全員の児童ができるようになるまで指導を続け、できるようになったら、次のルールの指導に移行していく。

c. 全米統一カリキュラム
 政府による統一カリキュラムがないことの一番の問題点は基礎学力の不足である。幼児期における基礎学力の指導は大変重要だ。クリエイティビティはもちろん大切だが、基礎学力なくして上達はしない。基礎学力とクリエイティビティの両方を同時に指導することがより効果的である。
 基礎学力の低下は、児童の態度にも影響を与える。児童は長い時間集中したり勉強したりできなくなる。ルーズベルト教諭はこうした児童が楽天主義者や楽観主義者になってしまったらと危惧している。
 多くの教諭はドリル式の指導が好きではない。個性的でもないし、児童も好きではないからだ。しかし、保護者の多くは、学校の統一テストの結果を基に自分の子供を進学させる学校を選ぶ。こうした統一テストの点数の向上にはドリルは効果的だ。今後教師は基礎学力を向上させるために、色々な方法を考案していく必要があるとルーズベルト教諭は強調していた。

d. クラス内での躾けの事例
 クラス内はまだ幼稚園の雰囲気が残っているので、ルーズベルト教諭は児童がグループとは、学校生活とは何かを楽しんで理解できるように心がけている。クラスには五つの学校生活に関するルールがある。
1) きちんと話を聞く力 − 話したい事がある時はまず、手を上げる。誰かが話 
   している時はきちんと話を聞く。
2) 一人で勉強できる力 − 一人で15分から30分勉強できるようになる。
3) 一列にきちんと並べること
4) お片づけ
5) 社会生活をする力 − 先生を尊敬し、クラスメートも一個人として尊重する。

e. 児童との関係
 児童と肯定的な関係を築くことはとても大切であり、コミュニケーションの基礎になることでもある。ルーズベルト教諭は、児童が一対一で話したいと思っている時は、いつでも時間を割いてその児童と話すようにしている。児童はいつでも教諭に気をかけてもらいたいと思っており、また教諭の注意を引きたいと思っている。そのため、ルーズベルト教諭はできる限り、児童を抱きしめたり、肩を叩いたりして、児童に答えるようにしている。言葉で示すより態度の方が効果的なことが多い。
 学年が始まってからずっと教諭は、児童と友情や親しみが感じられるように努力している。児童は特別な、自分の秘密の場所のような所が好きなので、クラスの中にそういう場所を作り、児童がリラックスできるようにしている。例えば、図工の時間に教室の他の児童から離れた場所にスペースをとって図工を行うと、児童は教諭と特別の関係のように感じ、とても喜ぶ。また、休み時間には、児童と個人的に話すようにしており、これはとても重要で効果的だそうだ。
 ルーズベルト教諭のカウンセラーとしての目標は、児童が満足できる手助けをすることだ。児童が問題を抱えている時はいつでもそれが解決できるように手助けする。これは、学習態度にも関連があり、問題を抱えたままでは、児童は成長できない。教諭はいつでも児童と一緒に解決策を探し、また保護者とも話し合いをする。特に、問題を抱えた児童が何も言わない場合には、保護者との連携・話し合いがとても重要になってくる。

f. 保護者との関係と保護者への指導
 子供の事情がよく理解できるように、保護者には常に学校生活に関わって欲しいと思っている。特に子供が何を考えているのかを気付いてもらうことに気を配っている。
 保護者はいつまでも児童は子供だと思い、時には必要以上に児童を保護しようとする。毎年数人ほど、毎日クラスに来て、子供を見ている親がいる。
 基本的に学校での事を説明するのに保護者には英語のみを使っている。日本人の保護者にも英語を使うようにしている。これは、英語をもっと理解してもらうためでもあり、英語を話す保護者とコミュニケーションする上でも有効だと考えているからだ。ルーズベルト教諭は、両親は子供とすべてのことを共有することができ、日本人の保護者も子供を通じてアメリカでの自分の生活を楽しむことができると確信している。アメリカでの学校生活を理解してもらうために日本人の保護者にはクラスでの色々な行事に参加してもらうように努力している。
 学校行事やクラスでのアクティビティを通じて、日本人の保護者にアメリカ文化を紹介している。例えば、感謝祭には、感謝祭とは何かをクラスで説明し、その日の行動、行事、食事を紹介する。実際、クラスでパーティーを企画、実施し、代表的な食べ物・飲み物を用意して、感謝祭を祝っている。

a. 二回の聞き取り調査を終えてのまとめ
 二回のインタビューを終えて、ルーズベルト教諭が幼児教育に対する確固たる目標と自身の役割を持っていることが分かった。バイリンガル・バイカルチャラル教育がどのように児童に効果的かは100%明確である訳ではない。しかし、教諭は自らの経験から、バイリンガル教育は児童にとって大変意義があると信じている。他の文化を学ぶことによって、自身のバックグランド・文化背景を理解することに繋がるからだ。
インタビューの中で教諭は何度も「集団として教育することが大切」と言った。これは、同教諭の教育理念の核である。「バイリンガル教育はもちろん大切です。でも、これから社会で生きていくために、集団生活はとても大切です。ですから、集団のルール、集団とは何かを教育することはもっと大切です。私は、バイリンガル教育、他の文化を教えることは児童を指導する上での一部として考えています。」リーズベルト教諭は社会教育の一部としてバイリンガル教育とバイカルチャラル教育を位置付けている。 
 ルーズベルト教諭は、とても児童が好きだ。学年が始まった時、問題があった男子児童がいた。同教諭は、児童の問題は何かを探し、何とか落ち着けるようにと努力した。家庭内で問題があるとわかり、その後、保護者との面談を繰り返し、保護者と連携して、その児童のケアにあたった。その児童が、はじめて一人で勉強しているのを見た時、とても感動したと話してくれた。その児童は現在、一人で作業するのに何の問題もなく、アクティビティもきちんと座ってこなしている。
 インタビューを通して、バイリンガル教育、文化、日本について貴重な話を聞くことができた。録音しながらのインタビューだったので、録音している間は、お互い、丁寧語を使用していた。しかし、テープを止めたとたん、二人ともカジュアルな話し方に自然と変わっていたのが印象的だった。録音しているということが言語に影響していたのだと思われる。

b. この研究からの助言と将来の研究課題
 多民族国家のアメリカではバイリンガル教育は一般的である。ルーズベルト教諭の話から、現場の教師がバイリンガル教育・バイカルチャラル教育をどう思っているかという事が分かった。もちろん、色々な著書や研究からもバイリンガル教育の色々な価値ある要素を知る事はできる。しかし、現場からの声は、色々な意味で価値があると考える。
 将来の研究として、色々な日本人の教師がバイリンガル教育をどのように思っているかについてインタビューしていきたいと考えている。そして、類似点・相違点を見つけ出していきたい。同時に第二言語として日本語を教える問題点も研究していきたいと考えている。
 また、教師だけではなく、バイリンガル教育の学校に通う児童・生徒にインタビューをし、児童・生徒からの意見も集めていきたいと思う。教師、児童・生徒の両方からの意見を集めることは大変重要だと確信している。そして、インタビューから、バイリンガル教育がどのように児童・生徒に影響を与えているかを見つけ出したいと思う。
 この研究から、バイリンガル教育についての面白い要素を見つけることができた。バイリンガル教育が社会教育の一部との考え方、バイリンガル教育の前に幼児教育をする必要性、それぞれの社会に合ったバイリンガル教育のあり方などである。上の課題と計画に基づいて、早い段階で両調査を実施したいと考えている。  


1 田中 2005の連載記事は論文の内容にあわせて一部、修正・加筆した。

 

田中真奈美(2005)「文化 #1(文化とは)」『異文化・多文化の教育』
  北米毎日新聞 連載
田中真奈美(2005)「文化 #2(日本文化とは)」『異文化・多文化の教育』
  北米毎日新聞 連載
田中真奈美(2005)「文化 #3(アメリカ文化とは)」『異文化・多文化の教育』
  北米毎日新聞 連載
田中真奈美(2005)「文化 #4(日系文化とは)」『異文化・多文化の教育』
  北米毎日新聞 連載
得丸久文(2002)『800−2.文化には高等と一般の差はない』 
   http://www.asahi-net.or.jp/~VB7Y-TD/k4/1402092.htm
Fagan, B. (1983). People of the Earth. Boston, Toronto: Little, Brown and Company
JBBP West 学校案内パンフレット
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   research. Edinburgh, Scotland: Paper presented at the International Meeting of
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